大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)3412号 判決 1992年10月26日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、昭和六〇年九月一一日原告の妻Aに対する殺人未遂事件(以下「殴打事件」という。)の被疑者として逮捕されて後に起訴され、昭和六二年八月懲役六年の有罪判決を受けているが、原告のAに対する殺人事件(以下「銃撃事件」という。)の容疑についての捜査はその後も継続されていた。

2  被告株式会社産業経済新聞社(以下「被告会社」という。)は、その発行する日刊紙である夕刊フジの昭和六二年九月六日付紙面に右銃撃事件に関して「甲野太郎 ヤケクソ証言出るゾ」「埋もれた事件や黒幕を吐く!?」「何もかもバラして 疑惑人全員の道連れを狙う」等の見出しを付した別紙の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。

3  本件記事中には、被告小林久三の発言として、事件は保険金を目当てにしたグループによる犯行で原告は主犯クラスではない、原告が犯行を否認しているのは原告自身がAさん銃撃事件とは別に主犯としてやった事件があるからだとする部分がある。

二  原告の主張

1  本件記事は、一般読者には原告が保険金を目当てにしたグループの一員であり別の殺人事件の犯人であると理解されるものであって、その違法性は高い。

2  原告は、本件記事の掲載・頒布によって名誉を毀損され、五〇〇万円を下らない精神的損害を被った。

よって、不法行為による損害賠償請求権に基づき、五〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年九月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  争点

本件記事が当時の原告の社会的地位を低下させ、その名誉を毀損するものであるか否か。

第三  争点に対する判断

一  本件記事は、要するに、アメリカの司法当局が銃撃事件について原告を殺人罪等で起訴する方針を固めたという報道に関連して、推理作家である被告小林が、銃撃事件は保険金を目当てにしたグループの犯行で、原告はアメリカの司法当局によって起訴されることになれば銃撃実行犯や関与したグループの名前を明らかにするであろうこと、また、原告が銃撃事件について否認している理由は原告が銃撃事件とは別に主犯として行った殺人事件があるからであろうことをそれぞれ推理をしていることを内容とするものである。

二  そして、本件記事には「甲野太郎 ヤケクソ証言出るゾ」「ロス検察の年内起訴方針で必死の逃げ」「埋もれた事件や黒幕を吐く!?」「何もかもバラして 疑惑人全員の道連れを狙う」との見出しが付されており、あたかも原告が銃撃事件の関係者や原告の余罪などについて供述することがある程度客観的に予想できるかのような表現がなされているものの、記事内容自体を一読すれば、それが被告小林の推理あるいは憶測に基づくものにすぎないことは本件記事中に「『あくまでも推理ですよ』と断りながら」とあることからも判読でき、その推理の内容自体も「とにらんでいます」「かもしれない」等の表現を用いて記載されているように、あくまで客観的な根拠によるものではない、単に推理作家としての自由な立場からなされたものにすぎないことが本件記事自体から読み取ることができるものとなっている。

したがって、本件記事中で原告が保険金を目当てにしたグループの一員であるとか銃撃事件以外の未だ発覚していない殺人事件の主犯であると述べているかの如き部分は、いずれも客観的な根拠のない単なる推理あるいは推測にすぎないことは一般読者にも容易に理解することができ、本件記事によって、真実、原告が保険金を目当てにしたグループの一員であるとか未だ発覚していない殺人事件の犯人であると一般読者に受け取られる可能性はほとんどないものと認められる。

三  ところで、原告については、昭和五九年一月雑誌週刊文春に「疑惑の銃弾」と題する記事が掲載されて以後、数多くの報道がなされ、その多くは原告を殴打事件及び銃撃事件の犯人であると指摘するものであり、また、原告は昭和六〇年九月殴打事件の被疑者として逮捕され、昭和六二年八月懲役六年の有罪判決を受けており、銃撃事件の容疑についての捜査もその後も日米両国で継続され、本件記事掲載当時にはアメリカの司法当局から検事が来日するなど原告に対する殺人の容疑が深まっていたものである(公知の事実)から、本件記事が掲載された昭和六二年九月六日当時、原告は右有罪判決及び右容疑の事実を前提とする社会的評価を受けていたものというほかはない。

四  他方、本件記事の掲載された夕刊フジはいわゆる夕刊紙であって、帰宅途上のサラリーマンなどを対象として専ら読者の関心を引くように見出し等を工夫し、主に興味本位の内容の記事を掲載しているものであって、そのような記事については一般読者もそのような娯楽本位の記事として一読しているところである。本件記事もアメリカの司法当局が銃撃事件について原告を殺人罪等で起訴する方針を固めたという報道に関連させて推理作家による単なる推理あるいは憶測を読者の興味を引くように幾分おおげさに取り扱っているにすぎないものであり、一般読者にも、いわゆるロス疑惑事件の中心人物としてその言動が世間から注目されていた原告に関する新たな興味本位の記事の一つとして一読されたにすぎないものと認められる。

五  したがって、前記のように当時既に原告に対する社会的評価が相当程度に低下していたことからすると、一般読者から右のような評価を受けるにすぎない記事であって、しかも単なる推理あるいは憶測を内容とすることが明らかな本件記事が掲載頒布されたからといって、原告の社会的地位がこれによって更に低下するものではなく、本件記事によって原告の名誉が毀損されたものとはいえない。

六  よって、原告の本訴請求は、その余について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(別紙〔新聞記事写し〕省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例